東京高等裁判所 昭和30年(う)1883号 判決
被告人 本田密男 他六名
〔抄 録〕
弁護人の論旨第一点。
所論は、被告人堀内正見の原審弁護人坂上徳三郎が原審に提出した昭和二十九年十月二十八日付弁論要旨と題する書面の記載を援用するというのであるが、わが刑事訴訟法は、控訴趣意書には刑事訴訟法第三百七十七条乃至第三百八十三条に規定する控訴申立の理由を控訴趣意書自体のうちに簡潔に明示し、その他疏明資料若しくは保証の添付を必要とするものはこれを添付することを不可欠の要件としているのである(刑事訴訟法第三百七十六条、刑事訴訟規則第二百四十条)、それ故控訴趣意書自体に控訴理由を明示しないで原審における弁護人の弁論要旨を援用するとすることは許容し難い。従つて、この論旨は不適法であるから、この点については判断を加えないこととする。
検事の論旨第一点。
論旨は、原判決が昭和二十八年八月三十一日附起訴状記載の「(冒頭事実省略)第一被告人大倉文助及び同志村豊は共謀の上昭和二十六年三月上旬頃前記東京都中央税務事務所において被告人友野平一郎に対し太蔵実業株式会社の昭和二十二年度並に同二十三年度の事業税の減額方に関し寛大な便宜の取扱を得た報酬の趣旨の下に現金八万円を供与し以て同人の職務に関し贈賄し、第二、被告人友野平一郎は前記日時場所において被告人大倉、同志村より前記の趣旨を以て供与されることを知りながら現金八万円を収受し以て前記職務に関し収賄したものである」との訴因及び昭和二十九年八月六日付予備的訴因追加申立書記載の「第一、被告人友野平一郎は、当時東京都中央税務事務所法人税係として法人の事業税等の課税標準の調査決定及び賦課減免に関する職務に従事していた同僚吉岡辰男と共謀の上昭和二十六年二月乃至三月頃前記東京都中央税務事務所において被告人大倉文助、同志村豊より前記太蔵実業株式会社の昭和二十二年度並に同二十三年度の事業税の減額に関し寛大便宜の取扱を得た報酬の趣旨の下に供与されるものであることを知りながら現金八万円を収受し以て右吉岡の職務に関し収賄し、第二、被告人大倉文助、同志村豊は共謀の上前記日時場所において被告人友野平一郎及び前記吉岡辰男に対し前記の趣旨を以て現金八万円を供与し以て右吉岡辰男の前記職務に関し贈賄したものである」との追加された予備的訴因について、いずれもこれを認めるに足りる十分な証拠がないと判断したことを事実誤認とし、右現金八万円の贈収賄の事実は、諸般の証拠により十分これを認定できると主張するのである。
よつてこの点について考察してみるに、まず右吉岡辰男や被告人友野平一郎の職務権限の点は問題であるが、一応本論旨の判断には以下に述べるように直接その確定を必要としないのでここではこれに触れないこととして、まず右現金八万円の授受があつたかどうかについて記録を精査し、これに現われた諸般の証拠を検討するときは、太蔵実業株式会社は、昭和二十五、六年当時その業績不振であつて、その頃昭和二十二年度及び同二十三年度の法人税約六十万円の納税をしなければならないことになつていたが、その納入にも苦慮しており、昭和二十五年十二月頃以来その社員である被告人大倉文助は、知合の被告人志村豊に対しその税金の分納方を関係係官に交渉して貰うことを依頼したところ、右志村が予ねて知合の被告人友野平一郎に事情を照会した結果、当時法人税については東京都の税務事務所において独自の権限でその査定をなし得ることが判明したので、ここに右大倉は志村と相談の上右友野を通じて右会社に賦課された法人税額の減額措置を採つて貰うように運動することとなつた。この依頼によつて右友野は、同僚であり直接右会社の右税に関する仕事を担当していた吉岡辰男に事情を打ちあけこれに協力方を求め、二、三回折衝の末同人もこれを承諾したので志村は右大倉から預つて来ていた右会社に対する前記徴税令書を吉岡に手交した。右吉岡は、昭和二十六年二月末か三月初頃右依頼の趣旨に従い、不当に関係帳簿を改ざんして所要の手続を経て、右税額を約四十万円減額した徴税令書を発行し、これを右会社に送つた。そこで右大倉は、志村の申出により当時この種減税成功の場合の謝礼の相場といわれる程度の金十三万円を右会社より支出し、同年三月三日頃志村に対し同人及び減額に協力した税務事務所関係者(大倉は志村から右友野、吉岡等の名前もきいていないし又逢つてもいない。)に対する謝礼としてその分配方を志村に一任して一括交付した。これより先志村は、友野に対しては右減税方依頼のため数次饗応したり、同年二月上旬には(吉岡との交渉成立前)前記税務事務所附近の汁粉屋において金一万五千円を右減額実現のために尽力する謝礼の意味で供与し、又右減額手続を終つた後右一万五千円授受以後二カ月以内(大体三月中)に銀座の松島眼鏡店において金一万円を同趣旨において供与したものであり、又右友野は、三月中旬頃吉岡に対し同人の前記措置に対する謝礼として金一万円を交付したのであるが、大倉においては、この間何人が幾何の金額を受け取つたかは全く関知していなかつた事実を肯認することができるが、金八万円が友野との間に前記中央税務事務所において授受された事実は、原審の措信しなかつた被告人志村の司法警察員、検察官に対する各供述及び原審における供述以外これを窺知するに足りる何らの確実な証拠は存しない。そして当裁判所も亦弁護人中村敏夫作成の答弁書に掲げてある理由等により記録に現われた諸般の資料(原審検察官はその最終論告において「友野の供述の線において二万五千円の授受として認定することが一層適切であると見られる」といつていることもその資料の一である。記録第十四冊七五五丁参照。)を検討して原審の判断どおり右志村の供述は措信できないとの結論に達した次第である。更に又記録上の証拠を検討しても、右大倉が志村に手交した金十三万円が如何に使用されたか、志村が右金十三万円受領以前に友野に交付した金一万五千円、その後交付した金一万円これらの右金十三万円との関連については明らかにするを得ないものがある。
以上の明らから事実によるときは、金八万円を授受したとする冒頭に掲げた訴因及び予備的訴因として記載された事実は、いずれもこれを認むるに足りる証明は十分でないことに帰する。然らばこれと同趣旨の認定をした原判決には何ら所論のような事実認定の過誤をもつて目すべきものは存しないから、論旨は理由がない。
同第二点。
所論は、論旨第一点に掲げた起訴状記載の訴因又は予備的訴因追加申立書記載の予備的訴因と前論旨に対する説示において合計二万五千円の授受の事実((詳言せば、被告人志村から被告人友野平一郎に対し(被告人志村が被告人大倉と共謀の点及び賄賂の趣旨等は暫く考慮しない。)、(一)昭和二十六年二月上旬東京都中央税務事務所附近の汁粉屋で金一万五千円を、(二)同年二月上旬より二カ月以内銀座の松島眼鏡店で金一万円をそれぞれ供与した事実))との間に公訴事実の同一性が存し原審において適法にこの事実を認定し被告人三名につき贈収賄罪の成立を肯認できたのにかかわらず、これを否定したのは原審が結局この間の法令の解釈適用を誤つたものであると主張するのである。
よつて按ずるに、一般の犯罪について日時場所を明示し、賄賂罪について相手方供与受供与の物件を示しその回数及び数量を明らかにすることは、ともに罪となるべき事実を特定し、その同一性を認識するための重要な事柄であるけれども、そのうちの一、二の重要な点を異にするからといつてその他の点において変動のないかぎり、直ちにその同一性がないとまでいうことのできないことは勿論であり、所論の詳細に論ずるところも亦この意味において正当であり、所論引用の判例もこの種事案についてである。しかしながら、前論旨において既に解示しているような事実関係にある本件においては、前者と後者との間には日時、場所、授受の金額とその囘数を全て著しく異にするものであり、予備的訴因との関係においては相手方の数をも異にするものがあつてその相異の程度は許容し得る限度を越えているので、これらの間には到底公訴事実の同一性ありと解し得ないものがあるばかりでなく、通常賄賂罪において訴因に明示された賄賂の額より縮少された額を認定するためには必ずしも常に訴因変更手続を要するものとは解されないのであるが、その賄賂の目的物件授受の囘数が増加してもその囘数の如何にかかわらずこれを包括して一罪を構成するような性格の犯罪とは解されないのであるから、たとえ、授受された金額において当初の訴因より少額であつても、その囘数において数囘に亘るような事実を認定することはその一部につき審判の請求を受けない事実について審判をした違法を犯すことともなり、受訴裁判所が適法な措置としてなし得る範囲を逸脱するものといわなければならない場合も生ずるのである。然らば、原審が罪となるべき事実について同一性なしと判断したことは、洵に正当であつて所論のような違法の廉あるものではない。論旨は理由がない。
(大塚 渡辺辰 江碕)